「痛車」(いたしゃ)とは、アニメやゲームなどのキャラクターが大きくボディに描かれてある自動車のことです。
最近はややブームが薄れた感がありますが、「痛車」をテーマにして、著作権侵害にあたるかどうかの法律的な検討方法を解説しようと思います。
この記事を書くにあたって、ネット上で「痛車の著作権」についての記事をいくつか読んでみたのですが、「どの行為がどの支分権を侵害するのか」をしっかりと検討されている記事はあまり見当たりませんでした。
著作権侵害に限らず、法律違反をしているかどうかを検討する際には、「行為」ごとに検討する必要があります。これができていると、ぐっと法律実務家っぽくなります。司法試験の刑法の分析方法です。
今回、アニメの痛車を前提に、①アニメのステッカーを作成する行為、②アニメのステッカーを自動車に貼る行為、③その自動車で公道を走る行為 という3つの行為に分けて検討することにします。
まず、「①アニメのステッカーを作成する行為」が、著作権の何らかの「支分権」を侵害していないか、ということを検討します。「支分権」は、著作権法第21条から第28条に網羅してあるので、これらの条文を読んで、「どれかに当たらないか」と探すわけです。
※「支分権」とは?⇒ 著作権法の一番わかりやすい解説 第5回(著作権の内容)
これは簡単ですね。「アニメのステッカーを作成する行為」は、アニメ(著作物)の画像を「複製」しているので、「複製権」(21条)侵害になります。
(複製権)
第二十一条 著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。
ちなみに、業者に発注してステッカーを作ってもらう場合も、間接的には自分で作っているのと同じなので、やはり「複製権」侵害となります。
また、「複製権」には、私的使用目的の場合の制限の規定がありますが、アニメのステッカーを自動車に貼って公道を走ろうという目的は、「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること」(30条1項)には該当しません。
(私的使用のための複製)
第三十条 著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。(以下、省略)
ですので、「①アニメのステッカーを作成する行為」は、著作権者の許諾がない限り、著作権の支分権である「複製権」を侵害し、著作権侵害になります。
重要なところですが、「自動車に貼って公道を走る」行為が複製権侵害になるということではありません。自動車に貼って公道を走ろうという目的で「アニメのステッカーを作成する行為」が複製権侵害になるのです。
これが「行為」ごとに検討するという意味です。
ちなみに、アニメのステッカーを作成するに際して、イラストの改変などを加えていれば、「翻案権」(27条)侵害にもなります。
(翻訳権、翻案権等)
第二十七条 著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。
次に、「②アニメのステッカーを自動車に貼る行為」は、著作権の「支分権」を侵害しているでしょうか?著作権法第21条から第28条を読んで、「どれかに当たらないか」と探します。
「上演権」(22条)が気になりますが、ステッカーを自動車に貼る行為は、日本語的に「上演」とは言い難いので、「上演権」侵害にはならないと考えられます。
(上演権及び演奏権)
第二十二条 著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を専有する。
また、「展示権」(25条)も気になりますが、アニメのステッカーが「美術の著作物」に当たるとしても、ステッカーは複製物であり「原作品」とはいえないので、「展示権」の侵害にもならないと考えられます。
(展示権)
第二十五条 著作者は、その美術の著作物又はまだ発行されていない写真の著作物をこれらの原作品により公に展示する権利を専有する。
それ以外に、第21条から第28条に該当するものもなさそうです。
ですので、「②アニメのステッカーを自動車に貼る行為」は、著作権侵害にはなりません。
同じように、「③ステッカーを貼った自動車で公道を走る行為」についても第21条から第28条のどれかに該当しないか検討しましょう。
しかし、この行為も、どの支分権にも該当しないので、著作権侵害にはなりません。
意外かもしれませんが、「②ステッカーを自動車に貼る行為」や、「③ステッカーを貼った自動車で公道を走る行為」は著作権侵害にはならなそうです。
結局、痛車は、「①ステッカーを作成する行為」が「複製権」を侵害しているだけということになります(「だけ」というとご語弊がありますが。)
ですので、たとえば、DVDのオマケなどで付いてきたステッカーをたくさん自分の車に貼って公道を走るのであれば(これではあまり「痛車」っぽくないですが)、著作権法違反にはなりません。
「親告罪」とは、被害者の告訴がなければ刑事責任を問うことのできない犯罪のことです。
もともと著作権法違反は主に親告罪だったのですが、一定の条件で非親告罪化された改正著作権法が2018年12月30日に施行されました。
ですので、親告罪か非親告罪かが気になるところですが、自分の車を痛車にするためにステッカーを作成する行為は、親告罪のままです。
もっとも、痛車にするためのステッカーを大量に作成して販売するような行為は、非親告罪です。
著作権法違反の非親告罪化については、別の機会で詳しく解説しようと思います。
このように、痛車は、著作権者の許諾がない限り著作権侵害となってしまいますが、著作権者がガイドラインを出して、痛車を許諾している場合もあります。
有名なのは「初音ミク」などのクリプトン・フューチャー・メディア株式会社です。ステッカーの制作を業者に発注することも許諾されています。
https://piapro.jp/license/character_guideline#example_a-2
ほかにも、ゲーム制作やアニメ制作を行っている株式会社ビジュアルアーツなど、痛車についてのガイドラインを出している会社は結構あるようです。
http://key.visualarts.gr.jp/q_a/q_a_nijisozai.html
ですので、まずはアニメの製作委員会など著作権者のウェブサイトを確認して、痛車のガイドラインがないかどうか探してみてください。
今回は、痛車の著作権侵害をテーマに、「行為」ごとに検討するという法律実務家的な検討方法を解説しました。
この検討方法は、著作権侵害に限らず、あらゆる法律(特に、刑事系の法律)に共通する考え方ですので、憶えていただけると役に立つ機会があるのではないかと思います。
おわり